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皆さん、今日は、大船のとあるモノレールが開業44周年を迎えます。


こう聞いて、ほとんどの方が、

「湘南モノレール」

を想像したと思います。

違います...



では、そのモノレールはどんなモノレールで、どこを走っているのか?

そう思ったあなたに、写真を一枚。

こんなモノレールです
CIMG7222_convert_20100407135416.jpg



え?

そう思った方は多いはずです。

これは、どう見てもただのコンクリートの柱です。

しかし、このなかに、44年の絶望、夢が詰まっています。

5月2日・・・

このモノレールがどんなモノレールなのか知りたい方、
このモノレールは、
正式名称
「ドリーム交通大船線」といいます。

当時、

昭和39年、横浜市戸塚区に開園した遊園地「横浜ドリームランド」が、国鉄大船駅から遠い場所にあったため、そこへの交通手段として開通しました。

Dream3[1]


当時最先端であったモノレールを使用したため、大繁盛でした。

このまま、夢が続くと思われました・・・


・・・しかし、

まさかあんなことが起こるとは・・・


開業してから1年半が過ぎたある日、

軌道桁と橋脚に、大きな亀裂を発見しました。

その後は速度を落として運転するなどの方法を実行していましたが、東京陸運局に運行休止勧告を受け、

昭和42年9月23日限りで運行休止、同年9月27日に正式に営業休止してしまいました・・・

その後の調べで

設計段階では、車両の自重は30tでしたが、休止時に実際に車両を計測したところ46tと、設計重量を16tもオーバーし

ていることが発覚しました。

これは、大船駅-ドリームランド間の土地の起伏に合わせて軌道・橋脚を建設したことに因ります。

なるべく早く最先端の技術を採用しようとした東芝に、焦りがあったため、用地買収がかんたんな起伏が激しい土地を使用したからなど、言われています。

最大100パーミルというモノレールとしては最も勾配が厳しい路線となったため、車両をもっと速く走らせようと考

え、出力の高いモータに変えるなどの改造を行った結果、重量も同時に上がり、軌道の許容重量を超えてしまったそうです。

ドリーム交通は、モノレールの設計者である東京芝浦電気(東芝)を提訴しました。

裁判は長く続き、和解が成立したのはなんと昭和56年1月・・・

和解成立万での間に、車両や設備は、再生が困難なほど荒廃しました・・・

Dream1[1]


結局、ドリーム交通は解散し、ダイエーを親会社とする「ドリーム開発」に
営業が譲渡されることになりました。

その後、ドリーム開発は1967年の休止後、保線のために保線車両を走らせたり、HSST(リニアモーターカーに近いもの)による再開検討をし、環境アセスメントを調べたり、免許変更をしたり、また小型モノレールによる再開も検討したりしましたが、

ドリームランドの閉園・・・



そして
結局、ドリーム開発自体に資金があまりなく、


2003年、廃止となりました。



湘南モノレールが開通したのが休止後ということです。












姫路モノレールよりも哀しい最後でした。


参考にさせていただいたサイト

GEMINI DREAMさん

ドリーム交通モノレール ドリモノのページ

モノクロ画像はwikipediaより

Wikipedia
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